土丸蓮華寺つちまるれんげじ
真言宗犬鳴派。旅引付に記され、土丸城主で活躍した橋本正督の墓石など土丸集落の歴史を語る。
日根荘入山田村内槌丸村の寺院。現在、真言宗犬鳴派、本山は七宝瀧寺です。本尊は木造三十三観音像です。
荘園領主九条政基が入山田村長福寺に入った翌々日、文亀元(1501)年4月3日、蓮華寺の住持が酒樽を進上したことが『政基公旅引付』に書かれています。
この寺の西にある丘の上、崖に石垣を組んで整備されたところに伝橋本正督の墓地があります。橋本正督は南北朝時代の南朝方の武将で、土丸城を拠点に泉南地域各地で足利幕府方と戦いました。また、犬鳴山七宝瀧寺の再興に尽力したと伝わっています。永和5・天授5(1379)年、土丸城を追われ、康暦2・天授6(1380)年、幕府軍に敗れ、戦死しました(『花営三代記』)。南朝の「忠臣」として「贈従四位橋本正高/皇紀二千六百年十一月橋本正高公顕彰会修復」による顕彰碑が昭和15(1940)年に墓地に建立されるほか、宝篋印塔6基(応永18(1401)年の基礎・基壇含む)、五輪塔7基、一石五輪塔12基があります。五輪塔に銘文はなく、混積品ばかりですが、もっとも大きいものが伝橋本正督の墓と言われています。